「おい、ここは学校だぞ? 誰かに見つかってもいいのか?」
「見つかるのはダメだよ。私のおならを嗅ぐのは圭くんだけだもん。基本的には」

 そう、それが“若菜の”おならであると分かって嗅いだことがある、と限れば、圭祐だけ。若菜の言葉は正しい。
 しかしそれが誰のものだか分からない、“匿名の”おならとして嗅いだ者は、若菜と圭祐が中学生であったその時代までの間であっても、少ないわけではなかった。
 だからこそ、若菜は内心うろたえ、同時にほくそ笑んでいた。
 圭祐の「いきなりお前のを嗅がされたら、ショックで家から出てこられなくなるぞ」という言葉。彼は半分冗談のつもりで言ったのだろうが、それは実のところ、図星だったとも言える。
 若菜は心に決めていた。「私のおならを嗅がせるのは、圭くんだけ」と。しかし嗅いでいる当の本人がそれを「“若菜の”おなら」と認識しなければ、それは“若菜が”おならを嗅がせていることにはならない。それが彼女の主張だった。
 だから彼女はそう頻繁にではないにしろ、綿密な工作の上で圭祐以外におならを嗅がせる行為を行っていないわけではなかったのである。

 例えばこれは1ヶ月ほど前のこと。
 圭祐も知らないし、その被害者もほとんど何も知らない。
 ことの全貌を知るのは若菜だけ、という“事実”である。

 その日、委員会の仕事で遅くまで学校に残っていた若菜は、昼休みの間に置いておいた荷物を取りに部室に向かっていた。
 部活動の時間は既に終わっている。校庭にも体育館にも、人影はない。あたりはすっかり暗くなり、ほとんどの生徒は下校してしまった。この時間に学校に残っているのは、委員会活動をしていたごく数名だけであった。
 若菜も、部室の荷物を取ったらすぐに家に帰るつもりだった。もう遅いし、定期テストも近い。流石に少しは勉強しておかないとまずい。
 そう思いながら若菜が部室のドアに手を掛けたとき、彼女の耳は異変を確かに察知した。
 ――中から物音が聞こえる。
 始めは気のせいかと思った。しかし、そうではない。確かに聞こえる。人の気配もある。
 誰か残っているのだろうか?この時間まで?
 いや、そうではない、と彼女は結論づける。いつも帰宅するのが部内で一番最後の若菜は(練習熱心な圭祐と一緒に帰るために待っているのである)、この時間まで誰かが残っていることは稀であることを知っているし、それに何より、電気もつけずに部室の中にいるのは不自然である。
 ――泥棒?
 普通の女子生徒ならば教師を呼びに走るところかもしれないが、何事よりも好奇心が勝る若菜は、音を立てぬようドアノブに手を掛け、静かに扉を開くことを選んだ。

 部室の中。その隅に、確かに誰かが居る。今度はそれが目で確認できた。
 音を立てぬよう、ドアは半開きにしておく。そして足音を立てぬよう、靴も脱いだ。その「誰か」は若菜が入ってきたことに全く気づいていない。
 ――英二くん?
 暗闇に目が慣れ、若菜にはその人影が同じクラスで男子バスケットボール部員である英二であることが分かった。しかし、おかしい。何故彼が「女子バスケットボール部」の部室にいるのだろうか。
 その理由が、若菜にはすぐに分かった。
 彼女は苦笑する。とんだ場面に居合わせたものだ、と。
 そう、英二は女バス部の部室に忍び込み、女子部員のユニフォームを漁っていたのである。
 思春期の中学生男子というものは、こういうことをやりたがる。普段はごく普通の男子として生活している彼も、その例外ではなかった。彼は己の有り余る性欲に押され、女子のユニフォームに顔を埋めて匂いを嗅ぐという変態行為に手を出してしまっていた。
 普通の女子であれば、悲鳴のひとつでもあげて英二のことを非難しただろう。そうなれば、彼の女子からの信用は落ちるとは言え、思春期ということを考慮すれば教師から多少のお咎めを受ける程度で済んだはずなのだ。
 しかし、相手が悪かった。
 そこにやってきたのは、男を虐めることに興奮を覚える星崎若菜だったのである。
(へぇ〜、英二くんってそういう人だったんだ〜。まぁこの年頃の男の子はいろいろ大変みたいだから仕方ないかもしれないけど……、でも、私達のユニフォームの匂いをタダで嗅ごうなんて、それはちょっと甘い話だよね〜?)
 彼女は気づかれぬよう、忍び足で英二の方に近づく。
 幸いなことに英二の方は、今まで散々妄想してきたであろう女子のユニフォームという宝物を目の前に広げ、それに集中しているがために背後から何者かが近寄ってくるなど気づきもしない。
 彼には想像もできないだろう。
 すぐ後ろに、自分が鼻に当てているユニフォームの持ち主の一人――それも、持ち主の中でも飛び抜けて可愛い女の子が不敵に微笑みながら制服のスカートを捲り、その尻に手を当てているなどということは。
(英二くん、悪いけど、お仕置きだよ♪)
 心の中でそう語りかけ、若菜は声も出さずに軽く腹に力を込める。

すううぅぅうう〜〜〜ぅううっっ

 すきま風のような音と共に、彼女の手のひらに大量のガスが吹きかけられる。手のひらが焼けるように熱い。小型の扇風機ほどの風圧も感じる。本当に大量だ。
(そういえばお昼に食堂でスタミナ丼食べたんだった……)
 若菜達の中学には給食はなく、昼は弁当か食堂で済ませることになっている。スタミナ丼というのは食堂の人気メニューで、牛丼にキムチや揚げニンニクがたっぷり載っているという豪快な丼ものである。もちろんそれを食べた後にうっかり屁でもしようものなら……
「ん?」
 衣擦れのような放屁音に、ようやく英二も気づいたようだ。
 しかし、既に遅い。
 彼が振り返る前に、その顔面に、若菜の両手が覆い被さった。
むッ!?むぐぅッ!!? がッ、ぐ、ぐざ……ぃ…………
 彼が気を失うまで、およそ3秒。
 瞬間的に強烈すぎる腐卵臭に包まれ、英二はあっという間に夢の世界にトリップしてしまう。
 握りっ屁ですらこの威力。出した本人である若菜も、手をぱんぱんと叩いて臭いをほろいながが、苦笑いを浮かべていた。
「これじゃスタンガンいらずだな〜。我ながら恐ろしいおなら♪」

 それからの若菜の行動は早かった。
 こういうことには慣れているのだ。いつも圭祐を虐めているから。
 いくら強烈なすかしっ屁を握り込んで気を失わせたとは言え、一発だけの簡単なものでは彼は数分で意識を取り戻す。
 その前に準備を済ませなければならない。彼女は部室に保管されていた練習用の飛び縄を使って、英二の手足をしっかりと縛り付ける。さらに誰のものかも分からないような手ぬぐいで目隠しもした。口をふさぐことも考えたが、それはやめた。この時間にこの部室で何を叫ぼうとも外には聞こえないだろうし、何よりも、口を塞いでしまっては悲鳴が聞けない。
 さらに若菜は、部屋に隅にあった掃除ロッカーに目を付ける。
 ロッカーの中身を全て外に出し、両手でロッカーを抱え上げると、「よいしょ」とそれを持ち上げる。中身の箒さえなくなれば、ロッカーもそれほど重いものではない。女子中学生でも動かせる程度のものだ。
 縦長のロッカーを、彼女は部室の床に倒して寝かせる。
 そしてその中に、眠りについている英二のことを転がすようにして押し込んだ。
 学校の掃除ロッカーの中に入って遊ぶ、ということはよくする悪戯だが、こうして横にしたロッカーの中に気絶している間に入れられる、というのはそうある経験ではないだろう。こうして見ると、掃除ロッカーはさながら棺桶である。
 若菜は薄笑いを浮かべたまま、ロッカーの扉を閉め、上から重しを載せる。
 これで準備は完了だ。
 彼女はゆっくりと立ち上がると、半開きになっていた部室のドアを閉め、内側から鍵を掛けた。

 数分後。
 ガタン。
 ロッカーの中から音がする。
 英二が目覚めたのだ。
 ガタ、ガタガタ、ガタン。
 中で彼が暴れる。当然だ。気がついたら手足を縛られ、目隠しをされ、なにやら狭い空間に閉じ込められていた、なんてことになれば、誰だって暴れる。
「な、何だこりゃ!? くそッ!どこだここは!? く、くッ!!」
 彼が暴れても、ロッカーの上に載せられた重しのせいで、扉は開かない。
 真っ暗。
 狭い。
 拘束。
 それは誰にでも、恐怖を感じさせる。
 そこに若菜は、追撃をお見舞いしてやろうというのだ。
「………」
 声を出さないようにして、彼女はロッカーの棺桶に近寄る。
 ロッカーの扉には、小さな格子状の穴が空いている。ふざけて中に入って遊ぶ者がいるために設けられた空気口であろうが、その穴が中の人間の不幸を呼ぶことになろうとは、設計者も想像出来なかっただろう。
 若菜はスカートを捲り、スカート下に履いたブルマを丸出しにした状態で空気口の上に尻を載せるようにして座る。鉄製の薄いドアは、育ち盛りの女子中学生の体重を受けてミシミシと軋む。
(失礼だな〜、私そんなに重くないのに)
 そうは言っても、人間一人が上に載っているのだから扉は音を立てる。そのことは、中にいる英二に圧迫感とよりいっそうの恐怖感を与える。
「な、なんだッ!?畜生ッ!!なんで動けねぇんだッ!!」
 だが、まだ元気に暴れているうちは良い。彼はこれから、予想もできない地獄を味わうことになる。
 ガタッ!ガタガタッ!バンバンッ!
 ロッカーの中の動きが激しくなる。
(ん〜、そろそろ完全に目が覚めたみたい。じゃあ、始めちゃおっかな♪)
 若菜の小悪魔的な笑顔が破裂せんばかりに浮かぶ。この可愛らしい、しかし恐ろしさを感じる笑顔を見ることが出来る者は、この部室には一人もいない。

ぼぶっふううぅううぅうーーぅうっっ!!!!!

 図太い爆音が部室をふるわせた瞬間、ロッカーの中の動きがピタリと止んだ。
 中にいる英二は、何が起こったのか分からず、思考停止してしまったのだろう。
 閉じ込められた空間。頭上から聞こえた爆音。生暖かい風。
 しかしすぐに彼は声をあげる。思考するまでもない、生物的な本能が、彼に声を上げさせる。

う、うぅうッ、うごぉおおぉおーーーぉおおッッ!!!!?

 ガタンッ!バンバンッ!ガタガタッ!
 先ほどよりも激しく、掃除ロッカーが揺れる。
 が、扉は開かない。上に載った重しと若菜の体が、扉が開くことを拒否する。
 その結果、英二は狭いロッカーの中で、空気口から送られてきたそのガスをたっぷりと味わうことになる。ニンニク臭い、そして卵臭い、極悪のガスを。

げはッ!!ぐ、ぐぐぐッ!ぐっぜぇええぇッッ!!!!

 思考は全て嗅覚に支配される。
 自分がどんな状況に陥っているのか。ここは何処なのか。何が起こったのか。何も分からない。それでも彼は考えられない。臭い、ということ以外。

なッなんだよッこれッ!!!ゲホゲホッ!!!

「………」

ぶぶうぅぶうぅうーーーぅぅううぅっっ!!!!!

 若菜は英二に困惑の叫びに声ひとつあげず、次なる一発を注ぎ込む。
 ここで彼女は声を出してはいけない。声を出せば、そこにいるのが星崎若菜であるということが英二にバレてしまう。

う、うぐううぅうぅうううぅうぅッッ!!!!!

 ロッカーの中で、英二はぐるんぐるんと首を振る。どこかこの臭いから逃げられる場所を探しているらしい。が、狭いロッカーの中に、そんな場所はあるはずもない。たった2発のおならで、若菜は掃除用ロッカーの中全てをおなら色に染めることに成功していた。

ぐ、ぐぜぇよぉぉおッ!!ぐッ!!こ、これ、まさか――

 英二は、あまりに濃い臭いに咽びながらも、その臭いに心当たりがあった。
 一発目のときは気づかなかった。それはあまりに濃く、常識を逸脱していたから。しかし、この種類の臭いを彼は知っている。ここまで臭いものは経験したこともないが、それは彼の体からも、どの人間の体からも排出されるものだった。臭いと、それを感じる直前に聞こえる爆音。そのふたつを組み合わせれば、臭いの正体は容易に想像できる。

まさか、屁、なのかッ!?この臭い、く、くそッ、屁の臭い!?

(そうだよ〜、大当たりっ)
 心の中で、若菜は返答する。しかし、もちろん声には出さない。

くッ、臭すぎるッ!!こ、こんな屁が、あるわけないッ!!!

ぶばああぁあぉおぉーーぉおぉおおっっ!!!!!

ほッ!!ほぎゃあぁぁああああぁああッッ!!!!

(それが、あるんだよね〜、こんなおならが)
 英二の言うことは正しい。普通の人間ならば、こんなに濃い、大量の、大きなおならは想像できないし、存在しないと思っている。そんな常識を、若菜はほんのひと踏ん張りで簡単に覆す。
 3発目で、英二はようやく認め始める。
 自分は誰かに捕らえられ、狭い場所に閉じ込められた。身動きが取れない。そしてその誰かは、狭い場所の外側からとんでもない屁をこいて自分を苦しめている。その事実を。

くせぇえッ!!!くせぇよッ!!!畜生ッ!ここから出せッ!!!

 暴れる。そして喚く。
 自分が何か悪いことをしたって言うのか。彼は頭の中でそう繰り返す。危機的状況に陥った彼は、自分がさっきまで女子バスケ部の部室に忍び込み、ユニフォームの匂いを嗅いでいたことなど忘れているらしい。
 とにかくここから出たい。この狭い空間から。この臭い空間から。それが彼の今一番の望み。
 だがそのために、彼が出来ることは何もない。彼の望みは、ロッカーの上の若菜の一存でしか叶えられることはないのだ。
 卵臭い。最高に卵臭い空間。息をするたび体が卵臭さに浸る。
 もうこれ以上、臭いが増さないで欲しい。彼はそう願う。――もちろんそれは聞き入れられない。

ぼぶびいいぃいいいーーぃいいいッッ!!!!!

がぐぐぅぅううッッ!!!くせぇえッ!!!屁ェくせぇよぉおッッ!!!!

(ん〜、ちょっと汚い音出ちゃったかな?)
 必死で叫ぶ英二。対照的に、頭をぽりぽりと掻きながら可愛らしい笑みを浮かべ、平和に自分のおならの分析をする若菜。くんくんと鼻を動かし、ロッカーから漏れ出てくる臭いを自分で嗅ぐ。ロッカーの中の10分の1程度しか臭いは漏れてこないが、それでも相当の濃さである。それだけで、普通の人間のおならよりの数倍臭い。
(やっぱりスタミナ丼パワーすご〜いっ。ほら、英二くん、ニンニクっ屁を食らえっ!)

ぷすううぅうううーーーぅううううぅーーぅうっっ!!!!!

ほ、ほげえぇえッッ!!? な、長ッ!く、さぁあああッッ!!!

(すかしちゃったっ。エヘ、これぐらいで長いなんて言っちゃダメだよ英二くん。今のの3倍の長さくらいなら余裕で出せちゃうよ〜)
 若菜は以前、圭祐を付き合わせて「どれくらい長いおならを出せるか」を計測したことがある。圭祐にストップウォッチを持たせ、おならの長さを計るのである。もちろんその際圭祐は、「より正確に出し始めと出し終わりを判断するため」というような理由のもと、若菜の尻の下での測定を余儀なくされたのだが。
 そのときの結果は……、測定不能。
 若菜が最高記録更新の自信がある長い長いすかしっ屁を出し終えたときには、圭祐は尻の下で気絶してしまっていたのである。
や、やめて…も、もう、出して……ッ!!!
(出して? ん〜、はいはい、たっぷりおなら“出して”あげるからね〜♪)

ぼぶっふぅぅううううーーーぅぅうううっっ!!!!

いぎゃああぁああああッッ!!!くさすぎるうぅぅううッッ!!!!

(んわぁ〜、超くさぁ♪ やっぱりニンニクとキムチが効いてるかも。流石スタミナ丼!気に入っちゃった、これから毎日食べようかな〜)
 確かに今日の若菜の爆撃は、濃い上に唐辛子のスパイスが感じられた。ロッカーの中の英二が目隠しされているのはせめてもの救いだったかもしれない。それがなければ、ガスが目に染みて染みて仕方なかっただろう。

ぐぐぐッ!!!出せッ!出せよッ!!!ここから出せッ!!!

 ガタンッ!ガタンガタンッ!!
 ロッカーが揺れる。
 英二も必死だ。こんなガス室を味わっているのだから。しかし彼の手足の縄は堅く縛られており解ける気配は少しもない。ロッカーのドアも、少しも開かない。そこが「ロッカーの中」であることが英二に分かれば、上に押し上げることが出来たかもしれないが、彼にとってそこは未知の空間。がむしゃらに暴れることしかできない。
(ん〜、でもまだまだ元気っぽいな〜)
 若菜はロッカーの中の英二の様子を見て思う。彼女は毎日のように圭祐で実験をし、知っていた。人が力を失っていく過程を。
 と、そのとき。

 ぎゅ、ぎゅるぎゅるぎゅる〜っ

 若菜の腹が、こんな奇妙な音を立てた。
 下りてきたのだ。極悪の一発が。
 思いがけない体の変化。それに若菜も、ついうっかり、小さな声をあげてしまう。
「んっ」
 しまった。そう思ったときには遅かった。声は確かに、ロッカーの中の英二に届いてしまった。
………え? お、女…………?
 英二は、すっとんきょうな声をあげる。
 若菜の小さな一言では、外にいるのが誰なのか、までは英二には分からなかった。しかし彼は、そこにいるのが「女」であるという事実だけは、確かめることができた。
 そのことは彼を困惑させた。何故なら彼は、外にいるのは「男」であると信じていたのだから。これほどまでに大きく、下品で、とんでもない屁をこくのは「男」であるに違いない、と。

女ッ!?女なのかッ!? まさか、そんな、女が屁なんて!!

 うろたえる声。困惑のあまり、彼は暴れることも忘れる。

こんなくせぇ屁を女がッ!? う、嘘だろッ!!?

 あまりに純粋な疑問。ユニフォームの匂いを嗅ぐ、などという行為をしていたということは、英二には匂いフェチの血が流れているのだろう。それでも「おならの臭い」までは興味の範疇外だったらしい。
 そんな英二の姿に、若菜は声を出さずに笑う。
(女の子がおならしないなんて、英二くんちょっと夢見すぎ〜。女の子だって同じ人間なんだからおならだってするし、臭いだってたまには最悪なときもあるんだからっ)
 そう思ってから、彼女はぽりぽりと頭を掻く。
(なーんて言ってると、圭くんに『お前のは百発百中で極悪だろ』って怒られちゃうな〜)
 そして下腹を押さえる。彼女の腸はきゅるきゅると再び音を立てた。

お、おいッ!!誰だかわからないが、出してくれよ、ここからッ!!頼むッ!!!

(や〜だよ〜っ。エヘ、そろそろものすっごいの出そうっ)
 ドンドンッ、と暴れる英二の入ったロッカーの上で、若菜は一度腰を浮かせて座り直す。履いているブルマも、その下に履いたパンツも、おなら臭くなってしまった。何回洗濯すれば臭いが落ちるだろうか。そんなことを若菜はこっそりと考えていた。
(エヘヘ、じゃあ最後はとっておきの一発で、英二くんの知らない女の子の秘密、味わわせちゃお)
 女の子の秘密。
 それは本来、男は知るはずもないもの。
 若菜は可愛らしく微笑む。誰に向けての微笑みなのか。それは分からない。
 微笑みを崩さないまま、彼女は溜まりに溜まった最悪のガスを、一気に肛門から押し出した。

ぶびびいぃいぶびぃいぶりびりびぃいーーーーぃいいッッ!!!!!

ほ、ほげああぁぁああああぁあああッッ!!!!!
ぐ、ぐざぐがあぁぁあぐざあぁぁいッぃいぃぃいいいッッ!!!!!

 一撃。
 それまでの何発かも、十分に臭いおならだった。
 しかしその最後の一発は、それまでのおならを全て集めても到底敵わないような、「常識外れ」の範疇すら逸脱した極上極悪の一撃だった。
 一瞬にしてロッカー内のガス濃度が跳ね上がる。濃度のメーターが備え付けてあれば、きっとショートして壊れてしまっただろう。
 英二は、若菜の言葉を借りれば「女の子の秘密の花園」に包まれ、藻掻き、苦しみ、意識を飛ばした。今度は数分程度では目覚めることはないだろう。
「ふぅ」
 ロッカーの中が静かになったことを確認すると、若菜は重い腰を上げる。
 スカートをもとに戻し、パンパンと臭いをほろう。もっともその程度では、染みついた臭いは落ちるはずもないのだが。
 彼女はロッカーの上の重しを取り去り、扉を開けた。
 もっわぁ〜んっ、という暖かいガスがこぼれる。ロッカーの中と外では、明らかに空気の種類も質も違っていた。天と地の差だ。
 そしてその中で鼻水と涎を吹き出しながらピクピクと痙攣する英二。若菜は彼の両手両脚を縛っていた縄をほどき、目隠しを取った。……その下の目は、ニヤけたように不思議に開かれたまま、白目を剥いていた。
「夢見る英二くんにはちょっとショッキングすぎたかな。ぶびぶび〜ってやばい音出ちゃったもんな〜。でも英二くんも、ちょっとは現実見た方がいいかもね。英二くん憧れの女の子の匂いなんて、こんな感じだよっ、エヘヘ♪」
 意識のない英二に向かってそう語りかけると、若菜はウインクをしてから部室を後にした。
 部室のドアは開けたままにしておく。閉じてしまったら、次の日も部室は使い物にならなくなってしまう。
 軽快に入り去る若菜。英二が目を覚ましたのは、その一時間も後のことだった。

「基本的? 基本的には、ってどういうことだよ?」
 俺は若菜に尋ねる。
 が、若菜は
「エヘ、なんでもないよ〜」
としらを切るだけだった。俺にはまるで想像もできない。

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